企業再生レポート
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2009年07月31日

「中小企業の儲かる‘かたち‘とは?」その1

もしもあなたが会社を起業して零細規模から数期を経て、ある程度の中小規模になった時この先、会社をどういう風な‘ かたち‘つまり規模を目指すべきなのでしょうか?


例えば、あなたの会社が、注文建築の住宅会社だったとしたら、、、、、、、、、、、、


建築業の会社の場合、その会社に必要な「職種」は、営業、営業事務、設計、積算、デザイン設計、コーディネーター、現場監督、アフターサービス、それと一般的な経理、総務、経営者、規模が大きくなればそれぞれの部門長と言う風に多枝にわたります。

しかし、創業した当時は、ほんの数人で始めたはずです。

そしてある程度「出来る人」が複数の「職種」を兼業していたはずです。

言い換えると社長か若しくは、ほんわずかの有能な社員で事業をこなしていた筈です。

そんな時期は利益の絶対量は大きくなくても利益率は高かった筈です。


そして、そんなとき社長は、事業の業績が順調に伸び、実績が付いてきたら、「そのうちにもっと効率のいい人員配置にして、必要な職種の社員を雇ってバランスがよく効率もいい人員配置にしたい」と考えます。


なぜなら、今までわずかな有能な人員で会社を運営してきているので、「出来る人」に仕事が集中し、遅くまで残業したり時には徹夜したりと言う状態で、まともな社長なら、こんな状態を改善したいと必ず願望します。


そのときに「お手本」にする会社の‘かたち‘は、たいていの場合同じ地域で同業最大手であったりするはずです。


人員を多くして必要な職種を充実させると言うことは、もちろん社員が増え、人件費が増加するということです。
今まで、非常に歪な社員構成であったが、利益率はよかった経営状態から、多少利益率は落としてもバランスのいい会社になろうとします。


悪い意味でまともな会社なろうと言うことです。

そしてそのとき全社をあげて目標にするのが売り上げ拡大の計画です。
まさに、いろんな意味で会社が大きくなろうとしている時です。


次回に続く

2009年07月29日

「かまどの灰はだれのものか?」最終

結局、中小零細企業の全責任は社長ただ一人なのです。


ものすごく孤独な立場であり、だれも理解はしないでしょう。

また外から見ると羨ましがられたり、尊敬されたりといいこともあるでしょうが、真には孤独で、責任は自分だけで取らなければならないという職業なのです。

あなたが雇い入れた幹部社員とは、決定的にその立場は違うのです。

そんな決定的に立場の違う幹部社員を会社の景況がいいときに、取締役にして保証もさせたとしたら、困窮時はどうでしょうか?トラブル必至です。

私が言いたいのは、責任においては、
「かまどの灰は社長のもの」であり、だれのものでもありません。
社長の独り占めです。

しかし、それで社員は、ついて来るでしょうか? 

取引先は、信頼するでしょうか?

つまり、「かまどの灰は社長のもの」と思っていると社会が許さないのです。


許さないと言うよりは、認めてくれないと言ったほうが適切です。

真には、「かまどの灰は社長のもの」という事実があり、これを認識した上で、さらに
「かまどの灰はみんなのもの」と思える度量が必要なのです。

家族を例にあげると、
お父さんは、働いて給料をもらっています、そして家族を養っています、お父さんはその給料が自分のものと思っているでしょうか?

また、お父さんが家族に「だれが養っているんだ!」というと家族全員から大ブーイングとなるでしょう。

会社の社長とは、「自分のもの即ち、みんなのもの」と思える度量がないと悲劇になると言うことなのです。

また、
責任においては「かまどの灰は社長のもの」であり、目に見えるもの(物質的)は「かまどの灰はみんなのもの」と言えるかもしれません。

社長のみなさん、今一度、「かまどの灰はだれのものか?」お考えください。

2009年07月27日

「かまどの灰はだれのものか?」その7

私が申し上げたいのは、このタイトルでブログを6回書いてきたように「かまどの灰はだれのものか?」という問いに「かまどの灰はみんなのもの」という答えを簡単な気持ちで言っていないかどうかということです。


最後の全責任は、社長であるあなたが持っていますし、持ち続ける運命にあります。
あとの社員は幹部であってもその責任は、ありません。


この責任とは、金融機関の保証や取引先に対する債務承認等すべての義務をまっとうするものです。

そんな責任を持つのと、持たないのでは、その重さにおいて「天と地」ほどに違うと言うことなのです。

その認識をもって「かまどの灰はみんなのもの」と簡単に言えるでしょか?


私は多くの社長と言う方に会ってきましたが、本当に資金繰りで困窮し、窮地に陥ったとき、そんな考えの方は、だれもいませんでした。

また、多くの場合、連帯保証させた幹部社員とのあいだでトラブルになります。
軽い気持ちで社員を役員にし、保証までさせて、困っているのです。


そして、その家族や親戚の対策を考えると夜もろくに眠れないというようなものです。
会社はいいときだけではありません。


かならず「山」と「谷」があります、その「谷」のときを考え行動しなければなりません

2009年07月24日

「かまどの灰はだれのものか?」その6

会社の景況がいいときは、社長も取締役となった幹部社員もなんの問題もなく両者とも経営責任を担っていると言う当事者意識が働き大いにモチベーションを維持できたでしょう、また、待遇面でも社長共々、一般社員よりもその幹部社員の給料は多かったはずです。


しかし、会社の資金繰りが難しくなったときその幹部社員は自身の給料を下げる提案をするでしょうか?

また、連帯している保証を外せと言わないでしょうか?

つまり沈み行く船(会社)に船長(社長)とともに運命を共にするでしょうか?

太平洋戦争の映画でも軍艦が沈没するとき、最後までその軍艦と共に沈むのは艦長だけであとは、全員退去なのです。


まして、この平和な日本で、社長と運命を共にする幹部社員(その家族親戚を含め)はいるのでしょうか?


次回に続く

2009年07月22日

「かまどの灰はだれのものか?」その5

中小零細企業の場合、圧倒的に多いのが株主、役員共に社長のみ又は、その家族のみと言う構成です。

また、身内以外の社員で幹部の人が取締役のメンバーに入っているケースもあると思いますが、たいていの場合、幹部としての意識付けの目的であり、経営責任をどうこうと言うような位置づけではありません。


あくまでも、社長が幹部社員に経営責任者として、意識を持ってもらいたいという願望を反映しているのです。

大きい責任感をもち取締役となった幹部社員ですとある程度、社長と取締役となった幹部社員の意識は共通していると思いますが、真の意味で経営責任を負担していると言うことは少ないと思います。

それは自社が危機的困窮時になると明白になります。

銀行借り入れの際に、その取締役となった幹部社員が連帯保証をしているとか、不動産を担保提供しているか、と言うような部分で計れるのです。

一般的にはそのようなことは稀であり、実際に取締役となった幹部社員がそのような保証等をしている場合、資金繰りが苦しくなると、社長とその社員の間で、大きなトラブルとなります。


また、その社員は納得してそんな保証等をしていたとしてもその家族や親戚まで納得して、そんな保証等を提供したでしょうか?

会社が平時のときは、社長とその幹部の関係も何ら問題もないでしょうが、いざ危機的困窮時となり、銀行に借入返済が、できず督促状が、その取締役となった幹部社員の自宅に届いたときその家族内でもトラブルになることは、必至です。


結局、社長は、そうなったとき若しくはそうなる直前に、取締役となった幹部社員の連帯保証を外すのに必死になります。

また、その幹部社員もなんとか保証を外すようその家族共々社長に懇願するはずです。


次回に続く

2009年07月20日

「かまどの灰はだれのものか?」その4

いい時は「会社は社会の公器」、苦しいときは「かまどの灰はみんなのもの」といっても「灰」すらもないという状況での会社内の雰囲気をお話しましたが、悲しいかなこれが事実です。


一ヶ月でも給料を遅配すると何割かの社員は、転職サイトに登録するでしょうし、社内のムードはがらっと変わります。


だからといって、社長は開き直って社員に「だれが給料はらっているんだ」という態度になるとそのムードは一気に加速し、会社は一直線に崩壊に向かうでしょう。


これは、会社の大小にかかわらず、上場企業と中小零細企業では多少の温度差はあれ同じことです。
では、世の中小零細企業の社長の考え方はどうすればよいのでしょうか?

何冊もの経営書を読み漁っても書いてある内容は、似たり寄ったりです。

なぜでしょうか?


それは、筆者は大方の場合、成功者であり、大抵は上場企業やそれに準ずる企業を成しえた方ばかりだからです。

また、自己啓発セミナーや、経営セミナーに行けば行くほど教科書的な理念が増幅します。
つまり自身の今ある場所とは大いに乖離してくるという事です。

だれでも松下幸之助氏や、稲盛和夫氏の本は読んだ事があると思いますし、またそれに感銘を受けた方も多いでしょう。
しかし、そこに書いてある事は、いまの自社の立場とはあまりにも乖離しています。


次回に続く


2009年07月17日

「かまどの灰はだれのものか?」その3

カマドの灰がたくさん溜まっているときは、その「灰さえも社員みんなのも」と考えるはずです、
しかし「灰がたくさん溜まっている」を経営的意味合いに置き換えると「内部留保が溜まっている」と解釈できます。

これはすなわち余裕があるときのことです。


このような時は何の悩みもなく「灰さえも社員みんなのも」と考えることができます。


しかし、「カマドの灰が無くなり隣の家から灰を借りていた=債務超過で銀行から借金だらけ」だったらどうでしょうか?

その「隣の家から借りた灰=マイナスの灰=借金」を社員みんなのものといって社員が納得するでしょうか?


そのときは、社長の責任であり「経営力がない」「判断できない」「遊びすぎ」あげくには「ばか社長」と言われるのです。


いい時は、誰もが社長についてくるでしょうし、会社は公器という理念に社長も社員も納得し満足するでしょう、しかし、困窮時もそうでしょうか?


一ヶ月でも給料を払わなかったら、社員の眼つきは変わります、また、取引先の噂にもなります。
その取引先に解ってしまうのは、大方の場合社員が愚痴をこぼしているからです。


もしも、うちの社員は、そんな事は無いと思う社長は一ヶ月給料を払わないという実験を一度ためしてください。
噂が広まる前に、労働基準監督所から呼び出しをもらうかもしれません。


次回に続く

2009年07月15日

「かまどの灰はだれのものか?」その2

どんな経営指南書を読んでも、「会社は社会の公器あって、経営者、社員、取引先、顧客、株主と五方良しのオールウィンの関係でなければならない、それで無ければその会社は存続しない」とかかれています。

これは経営者にとっては、宗教の経典の様なものであって、絶対に逆らってはならないこと、まるで法律であるかのように思っています。

私自身も20数年間、社長として会社を経営してきましたが、やはりそのように考えてきました。

しかし、私も含め、究極的に考えると中小零細企業の社長さんは、心の底から本当にそのように思っているでしょうか?


会社の業績が良い時代には、社長は高級車に乗っていたでしょうし、ゴルフにもよく行ったでしょう。
また、銀座や大阪の北新地では、一般社員より、社長の方が多いはずです。

ゴルフにしろクラブにしろ、もちろん仕事上の接待もあったでしょうが、それ以外はなかったでしょうか?
また、海外視察も一番多く行ったのは社長です、もちろん新しいビジネスモデルの模索とか外の空気を感じ新しい発想が出来るようにとか、色々理由はありますが、プライベートな瞬間は無かったでしょうか?


「一番重大な仕事をしているのは社長であって、全責任は社長が取るのだから、待遇は社長が一番よくて当たり前」という考えは、1パーセントもなかったでしょうか?


みなさんは大半が中小零細企業の社長であって、公的責任から逃れようの無い上場企業の社長ではないのです。

ここに大きな勘違いがあり、中途半端な善意が、真実を見逃させます


次回に続く

2009年07月13日

「かまどの灰はだれのものか?」その1

すこし年長者の方ですと「かまどの灰まで誰々のもの」という表現はわかると思いますが、年齢の若い方ですと意味不明のフレーズだと思いますので、若干説明いたしますと・・・・・


昔からの表現で、独占欲が非常に強く、すべてのものが自分のものであると言う様な考え方を非常に強調した表現として使われてきました。


いまどきカマドといっても聞いた事があるだけで見た事もない方も多いと思いますが、カマドとは、もちろん台所にあったコンロのことで、下から薪をくべて火をおこしその上で煮炊きする為のものです。



そのカマドの底に溜まった「灰まで自分のもの=すべて自分のもの」という意味です。
これを経営的な観点で、表現するとすべては社長のものであり、会社はすべて社長ものだという意味に使います。


どちらかと言うとあまりいい意味で使うのではなく、「どあつかましい」とか「どケチ」とか、とにかく限度を超えた独占欲を表現するときに例えとして使います。


どんな経営書をめくっても「かまどの灰まで社長のもの」という考え方はダメだと書いてあります。

また、仮に多くの社長にアンケートを取ったとしたら、ほぼ100パーセントの回答はそんな考え方では社員は育たない、会社は成長しないと答えるでしょう。

しかし本音で言うと、中小零細企業の社長さんは心の底からそう思っているでしょうか?


次回に続く

2009年07月10日

経営危機の回避法とは?その12

経営危機時の計画の「罠」−2


しょせん、社長とは孤独なものです。

だれもかばってはくれません。

しかしあなたは社長なのです。


そんなサラリーマンの役員や幹部の意見も聞きながら、最終決定は社長が孤独に決めなければなりません。
もちろん給料は社長が一番高いのですから当たり前のことですし、サラリーマンの役員や幹部に文句を言う筋合いもありません、そんな困窮した会社の幹部として留まっていてくれる役員や幹部に感謝すべきであって、心に不満すら持ってはならないのです。

結局、社長はそのような胆力が必要です。

今一度いいますが、幹部社員の理解や、協力、経営参画意識を高める意味でも合議は必要ですが、経営の危機時は、社長一人で決めなければならないということです。


そして、自分は失敗すると家族を含めすべてを失いますが、他のものはせいぜい退職して終わりという立場の違いを理解し、そんな困窮した会社の幹部として留まっていてくれる役員や幹部、社員に感謝の念をもって接する胆力が必要です。

2009年07月08日

経営危機の回避法とは?その11

経営危機時の計画の「罠」


一般的には、業績が悪いから売上を前年対比○○パーセントアップしなければならないというような計画を立てがちです。

そうゆう風な計画は合議制の幹部会や、取締役会では、よくある風景です。

そうゆう会議で決まった計画というようなものは、実は、非常に無責任な計画になりがちなのです。

どういう意味かというと、幹部を含めた会社の意思決定であり、部門責任者や、次席経営責任者の合議を取り付けた計画と一見感じます、また社長も信頼を置くメンバーの合議であり、信頼という名の下にその計画を承認するでしょう。


そこに大きな「落とし穴」があるのです。


なぜなら、通常、失敗に対して責任を取ることが出来るのは社長ただ一人です、サラリーマンの役員や幹部は最大限でも会社を退職して終わりです。

全責任は社長にあり、金融機関に連帯保証しているのは、社長やその家族だけです。

それが証拠にその会社のサラリーマンの役員や幹部の連帯保証の判がつけるでしょうか?

もしも判をついた役員や幹部がいたならそれはほんとの意味で運命共同体であり、そこの社長は真の意味で経営を複数の幹部でおこなっていることになるでしょう、しかしそんな会社はほんの一部で、一般的ではありません。

もちろん社長一人では、会社の運営は出来ませんし幹部の理解や、協力、経営参画意識を高める意味でも合議は必要です。


しかし、わたしが言いたいのは、会社の非常時の真の決定は、社長一人で決めなければならないということです。
自分は失敗すると家族を含めすべてを失いますが、他のものはせいぜい退職して終わりです。

これを肝に銘じなければなりません。


次回に続く

2009年07月06日

経営危機の回避法とは?その10

C経営危機時の計画とは?


前回申し上げたヒントとは?
「極端に言うと自分(社長)を主役にして最小単位の黒字をつくれるかどうか」が、
すべての鍵になります。


私は、数多くの倒産寸前の会社の社長に面談してきましたが、どの社長も言うのは「俺と家族ぐらいは食わして行ける」という言葉です。
これは過去に会社を創業して一から一人で家族ぐらい生活さす自信はあるという意味なのです。

そして今は「会社が大きくなりすぎて経費倒れで苦しいんだ」という意味の裏返しです。

この「俺と家族ぐらいは食わして行ける」という気持ちが一番大事なことなのです。

つまり、最小限の経営資源で(極端にいうと社長一人で)黒字をつくれるかどうかという事です。

逆に言うと一人で食えない社長は、無理ということになりますが、そんな考え方の社長はおそらくいないでしょうし、もしもいたとしても生きていくこと自体が難しいかもしれません。


先ほど申しましたように、一からの発想で計画をつくります。

社長一人から売上を積んでいって黒字をキープできる最大値の売上を基にした計画と、「過去を振り返り、未来を予測して、これ以上少なくならない売上」を天秤にかけバランスが取れた点がその会社の目標値です。


これは、けっして現在からの削減という考え方では生まれません。
何度もいうように一から(社長一人から成り立つ=黒字が見込める)考えることが肝心です。


社長一人から成り立つ
     ||
 黒字が見込める
     ↓
  社長の自信
     ||
  心の部分


過去を振り返り未来を予測してこれ以上少なくならない売上
     ↓
客観的数値=マーケットからの自社シェアー


この考え方が社長に自信をあたえ、冷静な自社の実力を基にした計画を可能にします。


次回に続く

2009年07月03日

経営危機の回避法とは?その9

B経営危機時の計画とは

前回申しましたように「過去を振り返り、未来を予測して、これ以上少なくならない売上」が設定できたとしたら、次にこれに取り組みます。


そのとき大事なことは、一から立ち上げてその売上高に持っていくという発想です。決して現在の売上高から縮小してゆくという考え方ではありません。


例えば、B社の社長が創業したとき、社員は、社長と奥さんと今よりも少ない社員だったと思います。

そしてそのときは社長も一営業マンであったり、一職人であったりしたはずです。

それがいつの間にか大きな組織になって来たのです。


世の中が右肩上がりの時代は、これが当たり前で、その組織を大きくするということが会社の成長だったわけです。


しかし今は時代が違います。


本来、起業して社長になろうという人は、サラリーマン時代に営業マンであればそこそこのトップ営業マンであったでしょうし、またどの分野でもそれなりの実力と業績があって起業したはずです。
中小企業では、大なり小なり他の社員よりも社長は優れているはずです。

口では謙遜しても本気になれば他の者には、負けないという自負があります。
隠していてもきっとあるはずです。

その気持ちが、危機を回避するヒントになります。


次回に続く

2009年07月01日

経営危機の回避法とは?その8

A経営危機時の計画とは?

B社の社長は「過去を振り返り、未来を予測して、これ以上少なくならない売上」を考えました、そうすると今期は2割減の3億2000万円が簡単に予想する事が出来ましたが、来期の展望が開けません。


それを社長は考え抜いた結果4割減の2億4000万円という売上を来期のベンチマークにしました。

従来の顧客情報や業界の動向等これ以上は減少しないという売上ですし、これ以上減るとわが社の存在意義が無いというぎりぎりの値です。


この2億4000万円という売上高は、B社の社長にとってある種、屈辱的な値かもしれませんし、経営者にとって、モチベーションが下がる値かもしれません。


しかしこの値がB社にとっての実力なのです。大方の社長は冷静に考えると自社の実力は分かっていますが、社員の気持ち(努力や協力姿勢)や、対外的な見栄がそれを曇らせています。

社長は、自社の実力を確実につかまなければなりません。

そこには決して見栄があったり、向上意欲があってはいけないのです。


もちろん努力や意欲は必要不可欠ですが、自社の実力を見る上では、そんな感情は不要です。

例えると親が自分の子供を見たときどうしても過大評価してしまうのと同じです。


しかし、その子供を冷静に客観的に見たとき、また、模試の偏差値を見たとき子供の学力が分かるのと同じです。

経営も感情(意欲、向上心)と実力を測る眼は、分離しなければなりません、経営者にはこの冷徹さが必要です。

でなければ会社を潰す確率は大きくアップします


次回に続く

 

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