企業再生レポート
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2014年05月26日

永続する中小企業とは?再生時の社長の考え方についてその5(発想)

今、政府では事業予算削減のため
「事業仕分」という作業の真っ最中です。

従来通り、各省庁で予算立てをして
官僚と大臣がこれを提案し、
それぞれの専門議員がバッタバッタと切っていくというやり方です。
端から見ていると、いかにも議員が官僚を仕切っている
と言うように見えビジュアル的には
民主党のアピールは大成功かもしれません。


しかし中小零細企業では、はたして正解でしょうか?


ある種、政府や大企業は
超ダイナミックな改革は不可能
でしょう。
なぜなら護らなければならない生活や
命の数があまりにも多いからです。

逆に言うと大企業は今ある経費をいかにして減らすか
と言う発想しかなく0から事業を再考する
と言うことがほとんど不可能なのです。


例えば政府が予算が無いと言う理由で
健康保険の国民負担率を倍にすることは無理ですし
所得税率を倍にするというのも無理なはなしです。

また、トヨタ自動車が今年中に
国内工場を全部閉鎖すると言うようなことも無理な話です。


しかし、我々中小零細企業は、それが出来るのです。

まず、物理的に考えると超ダイナミックな改革は可能です。
しかしそれを邪魔するのは、社長の精神的なあきらめです。

前置きが長くなりましたが
中小零細企業の場合、大企業と違って
どんな大胆な改革でも実行できる可能性が高い

と言うことなのです。

今の会社で利益が出るようにするためには
「なにをしなければならないか?」と言うことは
ほとんどの社長は知っていますが
色々なしがらみがあって「それ」に取り組めないのです。

極端なことを誤解を恐れずに言うと
「もしも自社の借入がなかったら = 返済しなくてよければ」 
今の事業が成り立つか?

という問いに対して
「成り立つ」と言える会社は再生可能と言うことなのです。
一度、みなさんも真剣に上記の問いをお考えください。

2014年05月13日

永続する中小企業とは?再生時の社長の考え方についてその4(心の自信)

企業再生を進める過程で
多くの社長さんが悩む問題があります。

それは、いわゆる「いい人」ほど感じることかもしれません。

本当に経営に困窮し、
「一時は毎日どうやって死のうかと駅のホームに立ち
列車が来ると、ふと線路に飛び込みそうになる自分が怖い」
というような日々を乗り越え
社長自身が再生するという強い意思をもって
我々と一丸となり再生スキームをこなしていると言うときから
ある程度一段落したときに感じる不安感です。

それはなんでしょうか?


再生を決意した心の流れを整理すると

返せない借金がある
 ↓
自殺するより生きて家族や社員を守る
 ↓
取引先等に迷惑をかけないで再生したい
 ↓
経済人として必ず復活する
 ↓
借入先(金融機関)までは返せない

上記のように生きる自信を取り戻し
家族や社員、取引先に迷惑がかからなかったとしても
銀行への借入が残り
それが法的(銀行の経済的合理性)に問題なかったとしても
「踏み倒した借金がある」という事実が残ります。

元々返せない借金があったから再生したわけです。
つまり、だれかに(金融機関)に迷惑をかけたことには
違いないのです。

逆に言うと
「返せない借金」があるから再生したわけで
再生できなければ「死んでお詫びする」しかなかったのです。
なにもこれは開き直っているわけではなく
死んだほうが家族や社員を悲しませ
且つ迷惑をかける範囲がおおきくなるので
「誰かに(金融機関)に迷惑をかける」という
究極の選択をしたのです。


では、冒頭に申し上げた
ある程度一段落したときに、感じる不安感
とは、なんでしょうか?

それは、
再生しても「だれかに(金融機関)に迷惑をかけた」
と言う事実が人として自分を許せないのです。
でもそのとき「返せない借金」があり
「踏み倒した借金がある」という事実は消し去り様がないです。
ではそんなとき、人間としてどんな考え方ができるのでしょうか?

私は
人間の価値観(生き方=目標)に順序をつけると

1、 多くの人から尊敬に値すると認められる人
2、 自信を持って多くの人と共に力強く生きてゆく人
3、 自分の事しか考えられない人
4、 生きる自信が無く死んでしまう人

大まかに言うとこんな順序になります。


もしもあなたが「多くの人から尊敬されたい」と
いう目標を持つなら、消し去りようが無い事実は
大きく圧し掛かり晴れることがありません。
しかし、「自信を持って多くの人と共に力強く」と考えると
企業再生 = 力強く生きてゆく ということかもしれません。


では、なにが正解でなにが間違いなのでしょうか?

間違いも正解もない、貴方次第と言うことです。
そんな中で私の考えを言わせていただきますと

「自信を持って多くの人と共に力強く生きてゆく人」ができたなら
「多くの人から尊敬に値すると認められる人」なる努力をします。
「自信を持って多くの人と共に力強く生きてゆく人」ができないのに
「多くの人から尊敬に値すると認められる人」を
考えてもしょうがないと思うからです。


私は人生とは日々階段を登るようなものであり
10段登ると11段目がきて、11段登るとまた次の段がくる。
実際これは苦労かもしれませんが死ぬまで修練できる場が人生なら、
死ぬまで人間は成長できるし、またこれを楽しめばいいと思うのです。

一度や二度失敗しても
「多くの人から尊敬に値すると認められる人」になりたいと思っていると
目の前に階段は現れるでしょうし、気持ちがあれば登ればいいのです。
実際「多くの人から尊敬に値すると認められる人」とは
「どれだけ多くの陰徳を積んだか」と言うことかと私は考えます。

この考え方に立ち返ると階段を登るチャンスは日々瞬間瞬間おとずれているはずです。

 

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